ポアンカレ予想という本2014年12月25日 21:15


今年は、読書が楽しい年だった。
NHK木曜時代劇「銀二貫」がよかったものだから、原作を読み、感動した勢いのままに作者高田都の代表作「みおつくし料理帖」を読み尽くした。
暮れ近くなって、発売日を間違えたため手に入らなかったコミック単行本の代わりに買った「ポアンカレ予想」には、塩野七生「ローマ人の物語」で古代世界への見方が根底から変わったのと同じくらい、幾何学という数学分野のユークリッド以来2300年の歴史を変えた位相幾何学における「数学的発想・思考力」のすばらしさに感動した。
位相幾何学とは、がちがちの文化系教養しかない自分にとっては、空間に浮かぶさまざまな形や変形したらどうなるかを扱う「どうでもいい」分野だった。ユークリッド幾何学の発展形ぐらいの認識しかなかった。
ところが位相幾何学、いや非ユークリッド幾何学の創始者ドイツ人のリーマンは次のような定義を行った。


1.物理的空間とは区別される数学的空間について定義をし、その定義に厳密に従う数学を構築する。
2.直線を、実数が連続する数直線とする。直線上の1点で交わる直線を想定し、交点を0とし方向によってプラスとマイナスの符号を与える。
3.空間はこれらの数直線上の実数を使って与えられる座標にある点の集合とする。よって2本の直線では二次元の空間が、3本では3次元、そして拡張すれば無限次元に至るまでの空間(多様体)を記述できる。
4.これらにより「曲がった」空間を定義できる。どのくらい曲がっているかは、空間に描かれた三角形の内角の和が180度より大きければ「正」小さければ「負」とする。
・・・他にもあるが省略する・・・

幾何学といわれて「紙と定規とコンパス」の学問だと思っていたのが、代数によって記述可能になったという革命である。
アインシュタインの一般相対性理論は、リーマンの数学なしには生まれなかった。
質量のあるところには重力があり、重力とは空間の曲がりであるという記述を考えてもみよ。

40歳で病没したリーマンと同じ発想に立ち、それらを精密に発展させ完成させたのがフランスの19~20世紀の知の巨人ポアンカレである。
そして彼が証明できなかった位相幾何学的予想「ポアンカレ予想」は、100年間数学者を翻弄したのである。
新潮文庫「ポアンカレ予想」という書物は、この数学者たちの努力と苦悩を描いて読者を引きつける。
位相幾何学の発想(多様体同士を貼り合わせる、切断するとか)や用語「多様体」「同相」「写像」は載せられているが、数学記号や数式は出てこない。位相幾何学の諸概念も面倒なら理解できなくてもよい。ちょうど「一般相対性理論」や「量子力学」が数式なしに読んでもかまわないのと同じと思えばよい。

ポアンカレ予想は、確か昨年のNHKスペシャルで取り上げられてご存じの方も多いだろうが、21世紀にはいりグレゴリー・ペレルマンというロシアの数学者によって、位相幾何学的手法ではなく「偏微分方程式」を用いる解析的手法で証明された。ペレルマンは、ポアンカレ予想の証明にかけられた賞金も「フィールズ賞(数学界のノーベル賞といわれる)」も拒否した。
と最後の方に簡単に記述されるだけである。
適当な想像力、いや具体的な事象を思い浮かべ、真っ昼間から「妄想」できる人なら、一読することを強くお勧めする。

ちなみに、引き続き数学教養書を拾ってみようと思う。たぶん次は「素数の音楽」新潮文庫になるだろう。

コメント

_ 亭主 ― 2015年02月12日 22:23


「素数の音楽」マーカス・デューソイ;新潮文庫を読了。
素数に関する「リーマン予想」の証明に挑んだ150年以上にわたる数学者の苦闘の物語だ。
昨年末は同じ新潮文庫の数学教養シリーズ「ポアンカレ予想」で暮れたが、それに比べるとこの本は少し劣る。
「リーマン予想=素数の出現にパターンがあるか」を縦軸にして数学者のひらめきと努力と挫折を横糸に置くのだが、いかんせん、時間軸が激しく動く。1930年の話をしているかと思えば次の章では1890年に戻るといった具合だ。同時に場所もドイツ・イギリス・アメリカに飛ぶ。
小説であれば犯してはならないタブーだ。それゆえ、ただでさえ数学の証明をめぐるややこしさがあるのに、時間軸を自分の中で再構成する手間がかかるのが読み物としての減点となる。


それにしても、こういうことを証明しなければならない数学者とは!
「無限集合の中に無限個の元が存在するが、その割合が0%であることもある」
素数はインタネットでお馴染みの「公開鍵暗号」の胆で、巨大な数字の素因数分解を解くには膨大な時間がかかることをもとにしている。
10進数で280桁とか600桁とかいう数の因数分解!
どうやら、リーマン予想を証明できうる数学概念(言語)は、量子の振る舞いの記述と関係があるらしい。
数学の記述にはまったく素養が無くてちんぷんかんぷんだが、ものの見方の発想の転換とか、広く人間の数学的知性の展開は、まさにドラマチックだ。
引き続き「フェルマーの最終定理」へ突入だ。

_ 亭主 ― 2015年02月12日 22:24


さあ、数学シリーズ第3弾「フェルマーの最終定理;サイモン・シン:新潮文庫」も読了したぞ。こいつは「読み物」として3冊の中で最も読みやすく練られている。
一番最後に出てくる、異なる数学分野の大統一という新たな夢につなげるあたり書き手は優秀だ。
「谷山・志村予想」という日本人数学者の発想が重大な役割を果たすところも楽しい。「モジュラー」とか「楕円方程式」とかいう無駄な単語も積み重なった。

スキーのあいだ、ずいぶん前に買った「量子コンピューター;竹内繁樹:ブルーバックス新書」を読み返したが、「リーマン予想」による素数と因数分解、今回のフェルマー問題で数学的思考や数式の抵抗感が下がると、途中で挫折していた「量子ビット」や「量子アルゴリズム」が少し楽になった。
量子コンピューターは、巨大数の因数分解を短時間で解けるので、公開鍵暗号セキュリティが成立しなくなる。

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