子供は食べちゃダメ=カニ2014年12月02日 13:34

若狭常神半島でカニをたらふく食ってきた。
今年開通した若狭道に北陸道敦賀ジャンクションより分け入りがかない、30分ほど時間短縮になる。
思えば、常神半島先端の民宿「小西屋別館」に通い始めたのは、20世紀末のころであった。世紀をまたいで通い続けた我らのしつこさと、小西屋のカニづくし料理はなかなかのものと讃えねばならない。
行きはいつも昼飯を何にするかで迷うのだが、天橋立がある宮津まで行くのを、名神高速、北陸道で二箇所事故渋滞に引っかかったので断念し、手前の小浜で寿司、帰りは三方五湖周辺で海産物と梅製品、越前大野で名物「いもきんつば」や「花垣」という銘柄の日本酒を買う。
食べ物にはこのように強く執着するが、晴れ渡った敦賀湾を背景に岬の紅葉があるという絶景であっても、まったく関心を示さないメンバーで行く、ものすごく割り切った旅行である。

カニづくしのメイン、カニすきは、雄のズワイガニ一人一匹丸ごとである。胴体はゆであげに15分ぐらいかかるのでまず胴体からいれなければならない。熱々のミソに足の身をほぐして和えながら食うのが常道である。
焼きガニ、カニ刺し、ヒラメとイシダイ、アオリイカの活け作りがでる。少し小ぶりな茹でがにもつくが、食べきれないので翌朝土産品としてもらう。朝飯は真鯛一匹を使った鯛飯である。

2日目の飯のため自分土産に、勢子ガニ(ズワイガニの雌で、資源保護のため1月には禁漁となる)2杯を買ってきた。
そいつに宿の手土産小ぶりのオスのミソと肩の身を加え、薄い土佐酢をかけて和え混ぜて丼飯にのせる「開高丼」(芥川賞作家で後年冒険釣り師としても有名になる、亡き開高健が越前海岸の宿で作らせたのでこの名がある)を作ってみた。
メスの「外子」を丁寧にほぐしたり細い足の身を出すのが面倒だが、オスにはない赤い「内子」がご飯に合い、実に美味い。
処理に30分はかかるが、美味いもののためには手間を惜しまない人々は是非、雌のズワイガニが手に入ったら試して欲しい。

2015スキーシーズンはじまり2014年12月24日 14:31

「暖冬」だというのに12月から寒波が来て大雪ではないかと、気象に関する自分の経験知識より気象庁や気象予報士の権威に頼る人々には不思議かも知れないが、経験上、早く始まった冬は、早く終わって、結局「真」冬の継続期間が短いというのが「暖冬」だと思っている。
「ああ、今年は3月にはべちゃべちゃ春スキーになってシーズンは終わるなあ」と思っていた。
しかし、早く真冬になったのなら、スキーもそれに合わせるのがよいだけだと気づいた。
12月20日土曜日から、23日(祝)まで行けば、行きと帰りは高速道路が3割安くなってお得である。一人スキーは宿代が高いし、交通費ももろ自分持ちなので安くしたい。
「そうだ、志賀高原へ行こう」となった。
往き道はずっと冷たい雨が、1400メートル以上の標高にある志賀高原でも、サンバレーまでは雨、丸池以後、定宿のある奥志賀までは雪だったが、夕ご飯のころは奥志賀でも、スキー場で一番聞きたくない屋根からの雨だれの音。オーナーが気の毒がってくれたが、「いいんです、今日は滑らないからどうでも、明日が晴れたらそれでいい」。全てのスキーヤーは我が儘である定理はもちろん当てはまる。
滑走初日、日曜は薄曇りで、圧雪したての一部凍って硬いバーンを思う存分スピードを出す。
奥志賀~焼額のほぼ全てのコースを順番に滑る「サーキット」である。
不満といえば、ときおり特に右スキーから聞こえるガリガリ横滑りをする音、カービングでそいつは下手な証拠だ。
2日目、月曜は「真冬」並み寒波で少なくとも新潟県は吹雪予報だが、3枚目の写真の通り、薄日が差したまに小雪が降る程度の好コンディション。15㎝ほどの新雪も乗っている。「ゲレンデ晴れ男伝説」の復活であろう。
昼は、志賀高原ビール(玉村本店;湯田中)を目指して一ノ瀬ダイヤモンドへまわる。
両膝にサポーターをしていてよかった。

初滑りは上々だったが、帰路、飯田山本インターと中津川インター間が事故通行止めだ。
昼食と状況を確かめるために立ち寄った梓川SAで、恵那山トンネルを出た神坂PA先で、11時30分頃車7台が関連する事故が起き積み荷が散乱して復旧のめどは立たないとのこと。
通行止め区間へは75分、そこで降りて迂回するようにとSAのコンシェルジュは伝えていた。しかしその道は狭く当然混雑する。では手前の駒ヶ岳SAに駐車し通行止めが解除されるのを待つ、これはいつまでかかるかわからないリスクがある。
そこで、国道19号線へ出て中津川へ出ることにした。
塩尻インターから国道へ出るか、伊北もしくは伊那インターから出て、木曽駒山地を貫く権兵衛トンネルをはじめとするトンネル群を経て19号線に至るかの選択を迫られる。
中津川インターですでに復旧した中央道に出たのが4時過ぎ、途中渋滞はなかった。3時間も一般道を走った結果、安くなった高速道路料金はわずか800円ほど。


何が正しい選択なのかは難しい問題だ。しかし一つ確かなことがある。
高速道路のような運転が容易な道路で、どうしたら事故を起こせるのか?
バカだから。
反論のある方はお寄せいただきたい。

ポアンカレ予想という本2014年12月25日 21:15


今年は、読書が楽しい年だった。
NHK木曜時代劇「銀二貫」がよかったものだから、原作を読み、感動した勢いのままに作者高田都の代表作「みおつくし料理帖」を読み尽くした。
暮れ近くなって、発売日を間違えたため手に入らなかったコミック単行本の代わりに買った「ポアンカレ予想」には、塩野七生「ローマ人の物語」で古代世界への見方が根底から変わったのと同じくらい、幾何学という数学分野のユークリッド以来2300年の歴史を変えた位相幾何学における「数学的発想・思考力」のすばらしさに感動した。
位相幾何学とは、がちがちの文化系教養しかない自分にとっては、空間に浮かぶさまざまな形や変形したらどうなるかを扱う「どうでもいい」分野だった。ユークリッド幾何学の発展形ぐらいの認識しかなかった。
ところが位相幾何学、いや非ユークリッド幾何学の創始者ドイツ人のリーマンは次のような定義を行った。


1.物理的空間とは区別される数学的空間について定義をし、その定義に厳密に従う数学を構築する。
2.直線を、実数が連続する数直線とする。直線上の1点で交わる直線を想定し、交点を0とし方向によってプラスとマイナスの符号を与える。
3.空間はこれらの数直線上の実数を使って与えられる座標にある点の集合とする。よって2本の直線では二次元の空間が、3本では3次元、そして拡張すれば無限次元に至るまでの空間(多様体)を記述できる。
4.これらにより「曲がった」空間を定義できる。どのくらい曲がっているかは、空間に描かれた三角形の内角の和が180度より大きければ「正」小さければ「負」とする。
・・・他にもあるが省略する・・・

幾何学といわれて「紙と定規とコンパス」の学問だと思っていたのが、代数によって記述可能になったという革命である。
アインシュタインの一般相対性理論は、リーマンの数学なしには生まれなかった。
質量のあるところには重力があり、重力とは空間の曲がりであるという記述を考えてもみよ。

40歳で病没したリーマンと同じ発想に立ち、それらを精密に発展させ完成させたのがフランスの19~20世紀の知の巨人ポアンカレである。
そして彼が証明できなかった位相幾何学的予想「ポアンカレ予想」は、100年間数学者を翻弄したのである。
新潮文庫「ポアンカレ予想」という書物は、この数学者たちの努力と苦悩を描いて読者を引きつける。
位相幾何学の発想(多様体同士を貼り合わせる、切断するとか)や用語「多様体」「同相」「写像」は載せられているが、数学記号や数式は出てこない。位相幾何学の諸概念も面倒なら理解できなくてもよい。ちょうど「一般相対性理論」や「量子力学」が数式なしに読んでもかまわないのと同じと思えばよい。

ポアンカレ予想は、確か昨年のNHKスペシャルで取り上げられてご存じの方も多いだろうが、21世紀にはいりグレゴリー・ペレルマンというロシアの数学者によって、位相幾何学的手法ではなく「偏微分方程式」を用いる解析的手法で証明された。ペレルマンは、ポアンカレ予想の証明にかけられた賞金も「フィールズ賞(数学界のノーベル賞といわれる)」も拒否した。
と最後の方に簡単に記述されるだけである。
適当な想像力、いや具体的な事象を思い浮かべ、真っ昼間から「妄想」できる人なら、一読することを強くお勧めする。

ちなみに、引き続き数学教養書を拾ってみようと思う。たぶん次は「素数の音楽」新潮文庫になるだろう。