みをつくし料理帖を読み終えた2014年09月11日 11:00


8月から読み始めて1ヶ月もかかってしまったが、面白かった。
高田郁作「澪つくし料理帖」(ハルキ文庫)である。
「文化・文政時代」と呼ばれる19世紀初頭、徳川家斉将軍の治世で、長い太平と鎖国により日本独特の「江戸文化」が花開き、ある意味日本人がもっとも日本人らしい時代であったと言える。人情に篤く、義理堅い、つましくはあっても、身の丈より少し背伸び(見栄を張って)をしても「いいもの」を愛でる、そういう江戸っ子気風が定着した背景の中での人情話である。

物語は章ごとに主人公澪の作る料理の名前がついており、その料理を食べに「つるや」に集う江戸庶民や常連客、「つるや」の奉公人一同の様子が細やかに優しい視線で描かれている。
武士の町江戸を舞台にしているが、緊迫の斬り合いもなければ、捕り物も、胸のすく謎解きもない。あくまで町人が主人公の話が続く。
3巻を読んでいる最中に同じような話しの連続で単調になるかとも思ったが、全体を貫く3本の縦糸と、澪自身に、また主要登場人物の身に起こる事件を横糸に配し、最後は縦糸の上に横糸が織り上げられて息をのむ一反の織物に仕上がるみごとな構成力と、緊張感を保つ巧みな物語表現力を兼ね備えた傑作である。

縦糸の1本は、吉原でまぼろしと噂される「あさひ太夫」が、幼なじみの親友「野江」だとの次第を知り、なんとしても自由の身にしたいという強い願い。
もう1本は、息子佐兵衛とともに失なったかつての「天満一兆庵」の再興をご寮さん(ごりょんさんと発音、商家の女将のこと)芳から託されたことによる使命感。
最後の1本は、これは太夫の正体を知る前から、つまり物語の最初から最後までを貫く「芯」と言ってもいいのだが、ひとに喜んでもらえる美味しい料理を作りたいという飽くなき向上心と工夫だ。
三つの強い思いに導かれ、時に翻弄されるる澪の成長と苦悩がしっかりと全体を引っ張っている。

横糸となる登場人物は実に魅力的に描かれている。
つるやの店主「種市」、長屋の隣家大工の伊佐三・おりょうの夫婦、洪水孤児の澪を救った大坂の名料亭天満一兆庵のご寮さんで澪とともに暮らす芳、幕府御殿医の次男だが町医者に徹する永田源斎、謎の浪人風武士小松原、あさひ太夫の専属料理人又次。
作者の巧みなところは、これらの人物が、人情に篤い「江戸っ子(芳と澪は大阪人)」で基本的に「善い人」でありながら、皆「翳り」というか「欠けたもの」を抱えていることだ。これにより人物や引き起こされる事件が重層的により深い緊迫感をもって描かれる。

時代背景も、実際に起きた洪水や大火、遊里吉原の風俗も描かれる。さらに歴史上実在人物も里見八犬伝の曲亭馬琴は清右衛門というわがまま文句言いの戯作者として、その友人辰政は葛飾北斎、いずれも当時名のっていた名前のままで登場する。

3巻で感じた「退屈感」も縦糸による強力な構成力で引っ張られひと月で読み切ることができた。読書量が一番多かったサラリーマン時代なら、寸暇を惜しんで読み、たぶん3週間かからなかったろうと思われる。

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