ヒト型ロボット ― 2014年07月05日 16:31
ソフトバンクが感情を読みとって会話できるロボット「ペッパー」を販売すると言っているのもそうだが、若田宇宙飛行士がISSに「キロボ」を持ち込んだり最近何かとヒト型ロボットが話題になっている。
医療看護や高齢者介護現場、傷害を負った人、或いは単に「寂しさを紛らわす」またはペットとして、人間に寄り添う存在としてのロボットである。
もともと大学生のころにSF小説を読む楽しさを知り、文化系と言えば何かしら左翼系しかなかった大学に、SF同好会を作ったりした。
アメリカの作家アイザック・アシモフを嚆矢とするロボット小説には、実は少し物足りなかった。
ロボットが人間と敵対するのか味方するのか、どこまで人間的になるのか、端的には「愛や感情を持つのか」「心・魂があるのか」という観点ばかり。
アシモフは「ロボット工学の3原則」なるルールを作ったが、以後のロボットネタは、そこにとどまり、インターネット時代になっても大して人気のない分野になってしまった。
日本ではその後、アトムより鉄人28号の系列である武器としてのロボット(自律型ではなく人間が操縦する、ガンダム、ヱヴァンゲリヲン)になり、現実世界では、人間とは似ても似つかぬ工業用ロボットが主力になってしまった。
鉄腕アトムは2003年生まれだが、空を飛ぶのは無人偵察機という醜悪な飛行機、操縦型の非ヒト型の機械が一部は宇宙空間で動作したが、原子力リアクターがある高レベル放射線空間とか、深海とかでは、実にささやかな補助的存在にとどまっている。
人間が活動できない場所での活躍のはがっかりするほどである。
ヒト型にいたっては、人間の3歳児にも及ばない運動能力、小学生に劣る会話能力というあり様で、そもそも学術・工業技術開発以外に具体的な使い道があるわけではなかった。
それが、ソニーの「AIBO」以来久々に「ヒト型ロボット」「人間生活の傍にいるロボット」が話題になり始めてきたのだ。
そこで、何年も前、自分で書いた小説を思い出した。
ストーリーもないに等しいし、表現も素人丸出しだが、なかなか予測としては正しいではないか。
こんな感じ;
http://www.asahi-net.or.jp/~BF2T-MSMT/RobotHistory_S.html
医療看護や高齢者介護現場、傷害を負った人、或いは単に「寂しさを紛らわす」またはペットとして、人間に寄り添う存在としてのロボットである。
もともと大学生のころにSF小説を読む楽しさを知り、文化系と言えば何かしら左翼系しかなかった大学に、SF同好会を作ったりした。
アメリカの作家アイザック・アシモフを嚆矢とするロボット小説には、実は少し物足りなかった。
ロボットが人間と敵対するのか味方するのか、どこまで人間的になるのか、端的には「愛や感情を持つのか」「心・魂があるのか」という観点ばかり。
アシモフは「ロボット工学の3原則」なるルールを作ったが、以後のロボットネタは、そこにとどまり、インターネット時代になっても大して人気のない分野になってしまった。
日本ではその後、アトムより鉄人28号の系列である武器としてのロボット(自律型ではなく人間が操縦する、ガンダム、ヱヴァンゲリヲン)になり、現実世界では、人間とは似ても似つかぬ工業用ロボットが主力になってしまった。
鉄腕アトムは2003年生まれだが、空を飛ぶのは無人偵察機という醜悪な飛行機、操縦型の非ヒト型の機械が一部は宇宙空間で動作したが、原子力リアクターがある高レベル放射線空間とか、深海とかでは、実にささやかな補助的存在にとどまっている。
人間が活動できない場所での活躍のはがっかりするほどである。
ヒト型にいたっては、人間の3歳児にも及ばない運動能力、小学生に劣る会話能力というあり様で、そもそも学術・工業技術開発以外に具体的な使い道があるわけではなかった。
それが、ソニーの「AIBO」以来久々に「ヒト型ロボット」「人間生活の傍にいるロボット」が話題になり始めてきたのだ。
そこで、何年も前、自分で書いた小説を思い出した。
ストーリーもないに等しいし、表現も素人丸出しだが、なかなか予測としては正しいではないか。
こんな感じ;
http://www.asahi-net.or.jp/~BF2T-MSMT/RobotHistory_S.html
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